広大な敷地の奥には…ミンマン帝廟

ミンマン帝は阮朝2代皇帝です。
トゥドゥック帝と同じく、中華思想の礎を築いた先駆者であり、キリスト教の弾圧を行い、中国を宗主国として自ら「大南」と称しました。

大南とは中国の南を意味し、小中国として中国を信仰していたのが分かります。

帝廟外周

帝廟の外周はまだインフラが行き届いていない場所で、フエの庶民の生活を垣間見ることができます。

異国情緒を感じるのどかな景色が広がっており、付近の民家から子供が飛び出して、バナナを観光客に売ったりします。
一房100円程度と破格の値段でした(笑)

敷地内

帝廟入口に立っているのは石像です。
人間やゾウ、馬の像と種類はさまざまで、よくよく見ると表情も1つ1つ異なることが分かります。

これは中国の世界遺産兵馬俑のように見えますね。
おそらく阮朝皇帝が兵馬俑を見て真似したのだと思います。

当時馬やゾウが戦で使われていたかは分かりませんが、動物の石像はここに眠る死者を鎮魂する力、また外部の邪悪な霊から死者を守る役目があるとされています。
ここで言う死者はもちろんミンマン帝です。

この帝廟の最奥部にはミンマン帝の墳墓があるのです。

廟内部

ミンマン帝はこれまで見てきた数々の帝廟の中では最も広い規模を誇ります。
道中は蛇や野鳥なども見ることができます。

写真のこちらは石碑。
ミンマン帝の行った数々の功績が刻まれています。

こちらの写真は「顕徳門」という門。数年前までは改修工事が行われていたそうですが、2013年現在は修復も終わり、自由に行き来することができます。
写真を見ると門が3つあるのが分かります。

その内開いているのは2つだけで、真ん中は閉ざされています。
この門は中国の紫禁城を模範としたもので、真ん中の門は皇帝が入退場する際のみに開かれたと言われています。

現在も真ん中の門が開かれることはありません。

顕徳門をくぐり、さらに奥へ進むと景色が広がります。
中央に一本の道があり、その両脇は堀となっていて水が溜められています。

その一本道を進むと見えてくるのが石段の上に閉ざされた1つの門。
実はこの先にはミンマン帝のお墓があるそうです。

しかし現在は一般公開されていなく、開かれることはありません。

ミンマン帝とトゥドゥック帝

2代目ミンマン帝と4代目トゥドゥック帝は1つの共通点があります。
それは両皇帝とも中華秩序を重んじ、西洋文化及びキリスト教を弾圧したという点です。

トゥドゥック帝の紹介の際にはフランスを排除したことによってフランスの怒りを買い、報復されたのち清仏戦争のきっかけを作った人物と言いましたが、フランスを排除しようとしたのはこのミンマン帝が最初であり、言うなれば張本人です。

そのことからこの帝廟は純中国風建築であることは必然であり、当時の時代背景を知ることができます。

フエの廟を見学する際は、このような歴代皇帝ごとの思想、歴史背景を知っておくと、一層建築物を楽しむことができます。

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