まるで別荘。トゥドゥック帝廟

1847年から1883年までの在位期間は歴代皇帝の中でも最も長い政権でした。

この廟は阮朝4代皇帝として政権を握ったトゥドゥック帝のために造られました。

トゥドゥック帝の背景

トゥドゥック帝は他の歴代皇帝と体質が異なり、それまで緩めていたキリスト教の弾圧を再度一層強めたことで知られています。

日本で言う徳川家康が行った鎖国のようなものを行い、キリスト教を郊外に追いやり、またフランス文化の排除に努めました。

そこで当然のことながらフランスは大激怒。

報復としてフエ及びダナンに攻め入り、トゥドゥック帝はこてんぱんにやられました(笑)

戦いが終わったあと、フランスは賠償金を阮朝に払い、それと引き換えにトゥドゥック帝はキリスト教の布教を認めることとなりました。

トゥドゥック帝没落後もフランスと阮朝の摩擦は続き、そこに介入してきたのが初代宗主国である中国(当時は清国)でした。

フランスと中国と長年に渡る戦争は清仏戦争と呼ばれ、結果フランスが勝利を収めたことによって、再び阮朝はフランスとの命脈を保つこととなりました。

簡単に言えば、トゥドゥック帝のせいでフランスを怒らせて、中国を敗戦に導いたと言えます。
トゥドゥック帝の皇帝としての政治力はいまでも疑問に問われています。

トゥドゥック帝廟

トゥドゥック帝廟は中国様式にのっとって造られました。

トゥドゥック帝の在位期間に造られたので、どんな目的でこの廟が建設されたかはいまだ分かっていませんが、王宮とは別に長期間滞在用の別荘地として造られたというのが通説です。

廟の中央には大きな湖があり、小船の乗りつけ場もあることから、当時トゥドゥック帝はここでボートに乗って釣りなどに興じていたのではないかと言われています。

確かに他の帝廟とは異なる雰囲気で、野鳥の声や心地よい風は別荘地のようでもあります。

廟内部

廟の造り自体は他の帝廟とそう変わりありませんね。

それほど大きな規模ではなく、むしろ湖の方が断然広いことから、それほど廟としての役割はなかったのではないかと思います。
内部では皇族の衣装を着ることができ、豪華な椅子に座って記念撮影を楽しむことができます。

私が見学したときは丁度イラニーズの観光客がどっしりと椅子に座っていました♪

廟外周

廟の外回りには小さなお店がいくつも軒を連ねています。
ここへ足を運ばれる方はおそらくツアーに参加されている方でしょう。

時間潰しにここでヌックミア(さとうきびジュース)を飲むのが私のおすすめです。

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